中原エリアに住む・働く・生きる魅力的な人たちをインタビュー。がんばる誰かの日常が、誰かの背中をそっと押すような、そんなきらめく人たちをご紹介します。

下小田中の都市化とともに、農業の変遷を現在につなぐ「シクラメンづくり」の匠。 都市近郊農家ならではの利を最大限に活かし、優れた品質にこだわり続ける 【田中 滋(田中園芸代表)】

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中原街道を茅ヶ崎方面に進み、やがて一本左に入ると、この辺りでは珍しくなった広い農園が広がります。ここ、田中園芸さんは現在で 8 代目を数える老舗の農家です。しかし、下小田中のこの一帯では、かつて大田市場でも高い評価であった「中原桃」や白ウリなどをはじめとする作物が多く収穫された農業地帯としてにぎわっていました。

さて、一歩農園に歩みを進めると、豊かな土のにおい、一面に作物の緑が広がっています。川崎市における農業の歴史をそのまま今に渡って体現されている田中 滋さんにお話をうかがいました。

田中 滋中原区下小田中で田中園芸を営む 8 代目。現在は息子さんと共に農園を経営している。

東京に控える「都市近郊農家」ならではの強みを活かし、知恵と工夫で継がれてきた高品質の作物。伝統的な農業地域として知られた下小田中

下小田中にはかつて 100 軒の農家がありました。しかし、 2016 年には 20 軒ほどと、非常に少なくなりました。昭和 30 年頃、かつて水田を主体とし、よどんだ粘質の土壌であったこの辺りが 10 年がかりで耕地整理されました。大幅に土壌が改良されるのに伴い、宅地開発も進み、次第に農家そのものが減少していったのです。その残る 20 軒の農家のうち、市場出荷しているところは今では数えるほどで、多くは自分たちが食べる程度の量をつくっているといった状況です。そこには、農協が介在しなくなり、みんな個人で出荷しなくてはならなくなったことも影響し、ぐっと減ってしまったのです。今では一人ひとりの工夫が非常に重視されるようになりました。

平成10年に中原の花となったパンジーは、大阪万博の頃に神奈川から持ち込まれたことをご存知でしょうか。当時大阪にはパンジーはなかったので、元をたどると神奈川のパンジーなのですよ。下小田中にパンジーが導入されたのは、昭和 24 年頃、地元の花の先駆者たちが江戸川方面で見聞きしてきたのが始まりです。そう、中原は古くから園芸の産地なのです。この地は非常に先進地だったわけです。川崎市の耕地面積でみると、北の方が農家が多く、米の産地として知られていました。田んぼ 9 割に対して畑が 1 割程度だったと記憶しています。

現在、田中園芸ではここ 10 年ほど、パンジーやシクラメンの他には、パセリ、イタリアンパセリ、バジルにパクチーなど香味野菜を中心に作っています。これらはブランド野菜として評価され、都内の高級ホテル 5 ~ 6 件ほどがうちの野菜を使っています。これは、都市近郊農家の強みの最たるものでしょう。都市近郊農家のメリットは、出荷する大田市場まで 30 分の距離だということ。鮮度が非常に高い状態で出荷することができますし、東京というのは高い品質のものが一同に集まるところです。東京から地方の市場へ運ばれ、地方からも東京に集まっているので、結果、東京へ出荷することで全国へ広まっていくともいえます。こうして、市場で評価されたことで「おいしい」と評判を生み、ブランド野菜となっていきました。

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作物の出来を左右する土壌には「適地適作」がある。苦労してノウハウを磨いても、土地が合わなくなることも。土づくりの研究は欠かせない

シクラメンの生産量は川崎で1番を誇ります。土づくりについては、腐葉土やヤシがらを砕いたものをメインに、後進国のものも取り混ぜて使っています。土も作物も、結局はその人その人の作り方であり、それが生み出せるか?ということにかかっていると思います。

かつて東京にはおよそ 20 の野菜市場が存在していました。かつては大森園芸市場におろしていましたが、現在は大田市場のみとなっています。小田中は花の産地でもあり、うちでも最初は仏花をつくっていました。夏の盛りは花のもちが悪いですが、菊は 4 ~ 5 日はもちますので、夏菊の産地でもありました。戦後、パンジーや芝桜をつくり始めると、仏花はつくらなくなりました。理由の一つには、同じ土地で同じものを作るのはよくないのです。品質がどうしても落ちていってしまうからです。

 

「多摩川梨」 もトップクラスの品質でしたが、宅地化が進むと甘みが減ってきてしまい、嫌地をおこしてしまうのです。天地返しといって、土の表面を掘り起こして上下をさかさまにすることなどを行ってきました。けれど、作物や土地の特性によっては、そうした変化が出ないものもありますね。山梨のぶどうなどもう 100 年は作っているでしょう。こういうのを適地適作といいます。また、甘みを強くする育て方の工夫もあります。

水やりを控えると甘くなりますし、昼夜の温度差が影響して甘みが増すことも。また、銀紙を土の上に敷いて、太陽光を反射させ両方から当てることなども一例としてあります。

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毎月出荷する香草・ハーブ類と、一年がかりでつくるシクラメン。
農薬や水やりは適宜機械化を導入し、高い品質をキープする手法

今多く手掛けている香草、ハーブの類は、植えて一ヶ月で収穫することができます。青ジソは旬が長く、比較的四季をとおして楽しめる作物です。これからの季節はシクラメンづくり。 7 月に 5 号鉢に、 9 月に 6 号鉢に植え替えます。型抜き法という植え替え方で行いますが、手間がかかります。夏場の暑い期間は、散水チューブを使って水を撒いて一定の温度を保つようにします。 12 月に種をまき、 11 月 20 日頃から出荷が始まるので丸一年がかりです。良いシクラメンづくりにはノウハウがあります。種を自分で取って、交配すること。種は売っていますが、農家が自分で種づくりからすることで、高い品質のシクラメンができます。良いシクラメンとは、株が大きくしまっていて、長持ちするものです。出荷前には「葉組み」という、葉を整えて中心部分に光が入るようにする作業に追われます。これによって葉の数が増え、多くの花を咲かせることができます。

この、 「葉組み」 が難しく、長年の技術力が問われる作業です。田中園芸では 40 年に渡って栽培していて、この独自のノウハウを磨いてきました。年に 3,500 鉢を出荷し、おかげさまで好評をいただいております。そうして 9 月からはパンジーが始まります。私どものパンジーは、消費者の方の庭先、プランターでもきれいに楽しめるような中輪種やビオラを栽培しています。昔ながらの知恵を活かして、植え付け直後から露地栽培をするのは今では下小田中ぐらいではないでしょうか。

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